コラム
患者さんが望む「いい最期」のために
患者さんが「いい最期」を迎えるために、医療従事者が心がけるべきこととは何でしょうか。
過去に経験した印象的な看取りを紹介しながら、この課題にせまってみます。
患者さんの希望をしっかりと引き出す
当院は年間150件以上の看取り実績があり、これまで非常に多くの患者さんの最期に、立ち会わせていただきました。患者さんのご希望に寄り添い、「いい最期」を迎えていただくことが、私たちの務めです。
しかしながら、「この方のお看取りは本人が望んでいても、到底無理なのではないか」と感じた、次のような事例もありました。
患者さんは90代の女性で、息子さんとのふたり暮らし。患者さんご本人の希望は、「おとうちゃまが作ってくれた家で最期を迎えたい」というものでした。ただ、息子さんに精神疾患(パニック障害)があり、いろいろなサービスを導入したとしても、ご希望に沿うのは難しいかなと、当初は思えたのです。
しかし、こういったケースでも、次の2点を強く意識することで、解決の糸口が見つかる場合があります。
- 患者さんとの対話に時間をさく
- 多職種間の連携を強化する
このときも患者さんご本人の話をじっくり聞き、そして看護師、ヘルパーさん、ケアマネージャーさん、家政婦さんらで話し合った結果、「息子さんが安心していられることが、患者さんであるお母様が、安心して逝けるときなのだ」という共通認識を持てるようになりました。
「息子さんの安心が大事」という方向性が明確になったことで、患者さんを支える態勢が整っていきました。
そして、その後も多職種間で話し合いを何度も重ね、連携を強化したことで、「不安になった息子さんから1日に10回くらい電話がかかってくる」「ヘルパーさんが家にいる間に、息子さんがパニックになって外に出ていく」といった思わぬ展開にも、うまく対応することができたのです。
コミュニケーションはなぜ大切?
今回ご紹介した事例のように、患者さんの希望により深くせまることで、患者さんが本当に望んでいる対応が可能となります。
そのためにも、医療従事者の先入観や価値観を押し付けることなく、「①患者さんとの対話に時間をさく」ことが必要なのです。そして「どういうシチュエーションで、どういうタイミングで、どんな人に囲まれて亡くなっていきたいのか」など、患者さんが望んだ最期を共有し、それに向かっていくことが大事だと思うのです。
しかし、患者さんに希望をうかがっても、はじめから明確な希望がない場合があります。また、明確な希望があったとしても、その後、変わっていく場合もあります。人間の気持ちは、一回決めたら揺らがないということはありません。ですので、その揺らぎを受け止めながら、話し合いを繰り返す必要があります。そのような過程を経ることで、納得する結論を患者さん自身が導き出し、「いい最期」を迎えることができるのです。
そしてそれをかなえる次のステップとして、「②多職種間の連携を強化する」があります。
問題解決にはリアルタイムでの情報共有が大切ですが、「患者さんが痛がっているけど、薬を飲ませていいのかヘルパーさんがわからなかった」といった問題が、あとから出てくる場合があります。こうした問題は、電話一本で解決する場合も多いのですが、コミュニケーションに不足があると遠慮が生じ、気軽に言えないものなのです。
こうしたことが積み重なると、なかなか患者さんの希望をかなえづらくなります。そのためにも、普段から多職種間でコミュニケーションを取り合い、「同じチーム」という意識を持ち合うことが大事なのです。
「いい最期」のために在宅医療ができること
「①患者さんとの対話に時間をさく」「②多職種間の連携を強化する」といったタスクは簡単に思えますが、様々な業務に追われる通常の医療現場では、どちらもおろそかになってしまいがちです。
その点、在宅医療の現場は、これらのタスクに時間や労力を割きやすいといえるでしょう。「在宅医療」の大きな魅力のひとつだと思います。
患者さんのお家に入り、ダイレクトでご希望を聞きやすい環境にあるので、「なんとかして患者さんの希望をかなえてあげたい」という気持ちを、スタッフ全体で強く持つことができる。これは患者さんやご家族にとっても、有意義なはずです。
最後に、今回ご紹介した事例の結末を述べて、話を終えたいと思います。
患者さんは、ご自身の最期のときがわかっていたようです。息子さんにお別れを言ったあと、息子さんが寝ている間に、お亡くなりになりました。離れて暮らしている娘さんが来られて、亡くなっているのを確認しましたが、だれもあわてることなく、「お亡くなりになるまで、いい時間を持てたね。いい最期を迎えられたね」という満足感に包まれました。
息子さんが「そういえば、お母さんがありがとうって言ってたな。あれは最期の言葉だったんだなあ」と、涙ながらにお話しされていたのも印象的でした。
この事例は、何が「いい最期」かは、人によってさまざまであると、改めて気づかせてくれるものでした。私が経験したなかでも、とくに心に残るお看取りのひとつです。
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